一本の電話から始まった 最後の日
あの3月27日は、一本の電話からはじまった。
はじめて担任した女の子からの一本の電話だ。「先生、何回か電話したんやで・・・」
突然の電話だった。
先生、何回か電話したんやで。
先生、聞いたんだけど、ほかの場所にいくらしいやん。
ほんまなん?
先生は、ずっといると思ってたのに。
ほんまなんだったら、会いにいくわ。待っててな。
突然の電話に驚いた。
でも、うれしかった。
10年ほどたっている。でも、電話の向こうから聞こえてくる声はかわらない。
彼女は、友だちと一緒にやって来た。
ふたりと一緒に過ごした日々が、一瞬でよみがえってきた。
言葉を交わし、笑い合うなかで、どんどん思い出があふれ出す。
びっくりしたで。なんでなん?なんで引っ越すん?
よし。だったら、引っ越しする前に、みんなに声かけてみるわ。
みんな集まると思う。
彼女は子どもを抱っこしてきていた。
先生、抱っこしてや。かわいいやろ。
なんか、おじいちゃんになった気持ちになった。
自分が大切に育ててきた子どもが、子どもを連れている。これは、おじいちゃんだ。
「そうかそうか」と言いながら、抱っこした。抱っこしながら、自分が歳をとったことを感じた。そうだよな・・・。この子たちがこんなに立派になってるんだもんな・・・。なんか、ちょっと複雑な気持ちだった。
このうれしい出来事は、次の日の教室で、朝の会で話をした。
あのな、うれしいことがあったんだ。
先生が最初に担任した子たちがな、会いに来てくれたんだ。
先生にとって、こんなにうれしいことはない。
先生、本当に幸せだったんだ。
とはいえ、3学期のことだ。
毎日、その再会のことを考えているわけにもいかず、毎日は、忙しさのなかで過ぎていった。
引っ越しの前の日。3月27日。
ぼくは、いつも通り、家族で夕食を食べていた。
「あした、引っ越しするんだな」って言いながら、ちょっとさびしくなったりもしていた。そこに、あの女の子から電話がかかってきた。
先生、どこにいるん?
学校に集まったで。はやく、出てきてや。
なに?先生、みんなうるさくて、先生の声聞こえへんわ。なんしかまってるから、早く来てな。待ってるで。
なんとも自分勝手な話だ。そして、なんともすてきな話だ。
教え子が、だれかのために行動することができる人に成長している。
このことが、何よりうれしかった。
急いで夕食を終わらせて、車のエンジンをかけ、学校に向かった。
学校に着くと、真っ暗ななかに、子どもたちの姿が見える。
みんな、見違えるほど、成長している。
先生、きたで。
先生、久しぶり。
先生、ふけたなぁ。
先生、おまたせ。
みんな、思い思いに言葉をかけてくれる。
何言ってんだ。お前たちこそ、でかくなりやがって。
子どもたちとの再会の時間はあっという間だった。
ワイワイ笑い合った。昔のことをみんなで思い出した。
そして、一緒に写真にうつった。
心から幸せだった。
たぶん、集まってくれた彼らは気づいていない。
どれだけ大きな幸せを、ぼくの心の中に生み出してくれたのか、を。
そして、そういうことができる力、つまり一人の人間に幸せを贈る力を、みんなもっているんだっていうことを。
ありがとうな、みんな。
先生、みんなに出会ったときにはじめて、学校の先生になった。
先生は、試験にうかったときになるものではないんだっていうことを、みんなから学んだ。
子どもが笑顔でいることが、先生にとっての喜びなんだっていうことを知った。
子どもが涙をながすとき、先生は胸が痛んだっていうことを知った。
みんなが少しでも喜んでくれるならと思ってする努力は、どれも楽しいんだっていうことを知った。
ぶつかっていっても、うまくいかないことがあることを知った。
そして、そのときはうまくいかなかったと思っても、実はあとから「意味があったんだ」って思えることを知った。
みんなに出会えて、先生は本当に幸せだった。
ありがとうな、みんな。