ぼくのきせき

「子どもの心に火を灯す ⇄ 自分の心に火が灯る」 実現めざした学びの軌跡

学級経営|「学級経営」(「学級づくり」)を「学級経営」「学級事務」「学級管理」からなっていると見る:学級経営を分析の視点

学級経営(学級づくり)に関して、ぼくは、基本的に白松賢氏のスタンスがわかりやすいと感じています。とくに、学級経営に関して話題にしようしたときに、そうです。

 

白松氏は、著書のなかでこのように整理しています。

 

 

学級に関わって行う担任の先生の学級経営に関する仕事は、「学級経営」「学級事務」(集金や書類配布等)「学級管理」(出席や個人情報・物品管理等)に区分できると思っています。しかしながら、現在、「起案方式による管理」「コンプライアンス」等のプレッシャーは、1990年代までとは比較にならないほど先生には重いものとなっています。この3つを混同してしまうと、「学級事務」と「学級管理」の仕事ばかりが先生方に要求されてしまう、ということを懸念したことが一つの理由です。

(白松賢『学級経営の教科書』p.232より)

 

白松氏は研究者ですが、現場のひとりとしてもこの整理には納得がいきます。

そして、私も「学級経営」を大切に考えています。それは、他はおろそかにしてよいという意味ではなく、やはり、子どもたちと接する場での振る舞いは、我々の仕事の中心だと考えるからです。

もちろん、「学級事務」や「学級管理」に追われる毎日ですが、それらを前向きにこなすにも、「学級経営」の安定は欠かせないと思っています。

おおざっぱな表現かもしれませんが、「学級経営」(子どもー子ども間の関係が良好、子どもー教師間の関係が良好、子どもー保護者間の関係が良好など)がうまくいっている状態とそうでない状態では、「事務」や「管理」から受ける心理的な重さも違う。そう感じています。

 

それも、「学級経営」を成立させたい理由の一つです。

もちろん、第一義は、子どもたちが安心して楽しく学校に来て欲しいからというものですが、その先には、そのほうが自分にとっても学校での仕事が楽しくなるという事実もあると思っています。