授業|道徳|道徳に音楽の力を 「いつか どこかで しんどくなった あなた」を勇気づけられる道徳をしたい
ぼくは、ここ数年、道徳の授業に音楽を持ち込んでいる。道徳の権威にも音楽の専門家にも怒られてしまいそうな気もするが・・・。でも、ぼくは、おおマジだ。
ぼくにも、それなりの理由があって、ためしに書いてみる。みなさんは、どう思うだろうか。
学校関係者以外の方は、ご存じですか?
日本の小学校で、いま、道徳教育は大きく変化しようとしています。
好意的な受け止め方も、否定的な受け止め方もありますが、文科省の大臣の見解はこうです。
<文科省大臣の見解>
11月2日、いじめ防止対策協議会から、いじめの防止等の対策に係る提言をいただきました。文部科学省は、これに沿った取組を様々な角度から総合的に進めてまいります。 その中でも、私は特に、平成30年度から全面実施となる「特別の教科 道徳」の充実が、いじめの防止に向けて大変重要であると思っています。 いじめられた子供は、学校に通えなくなったり、心身の発達に重大な支障を生じたり、尊い命が絶たれるという痛ましい事案も発生しています。いじめた子供も、法律又は社会のルールに基づき責任を負わなければならない場合があるとともに、その心に大きな傷を残します。「いじめのつもりはなかった」、「みんなもしていたから」ではすみません。また、いじめられている子供を見ていただけの周囲の子供も、後悔にさいなまれます。
子供たちを、いじめの加害者にも、被害者にも、傍観者にもしないために、「いじめは許されない」ことを道徳教育の中でしっかりと学べるようにする必要があります。 (いじめに正面から向き合う「考え、議論する道徳」への転換に向けて(文部科学大臣メッセージ)平成28年11月18日より)
<文科省の方向性(一部分)>
上と同じホームページで、文科省は次のように述べています。
文部科学省では、道徳教育の充実のための資料等をホームページ上で提供する「アーカイブセンター(仮称)」を設け、
・「考え、議論する道徳」の授業づくりの参考となる実践事例集(映像資料など)
・道徳や特別活動等で活用できる、いじめの具体的な事例から考え、議論する教材
などを、順次公開し、各学校の取組を後押ししていきます。また、「考え、議論する道徳」への転換の趣旨について、広く知っていただくため、
・各都道府県等が行う独自教材作成、研究協議会等への支援
・全国7会場での道徳教育指導者養成研修(独立行政法人教員研修センターとの共催)
・道徳の特別の教科化についての保護者向けリーフレットの作成、配布
なども進めていきます。教職員の方々はもとより、学校教育に関わる皆様に広く知っていただき、力を合わせて、道徳教育の充実に取り組んでまいりますので、よろしくお願いいたします。
ですが、学校で実際に子どもと接する者として感じるのは、とくに高学年にもなれば、「授業のなかで何を言わなければいけないか、知っている」ということです。子どもたちは、模範解答を知っていて、どうすれば反省していると見せられるかも知っています。道徳授業は必要だと思いますし、「考え、議論する道徳」の必要性を疑うわけではありません。
<「弱い立場の子どもたちを勇気づける」ということ>
ただ、同時に必要だと考えているのは、「弱い立場の子どもたちを勇気づける」ということです。授業内で、問題を整理して、原因を考え、どうすればそうならないかを考えるということは、わりとできることです。
でも、実際に問題が起きているときに、そのことを道徳の授業で取り上げても、上滑りしている感じがあることも現実です。そういうときに、もっと急いで必要になるのは、被害を受けている側にそっと寄りそうことです。ぼくは、そう思っています。でも、意外と、そういう時間って、少ないんです。
ぼくは、ここで音楽の力を借りるのです。
たとえば、sekai no owariの『サザンカ』など、音楽を盛り込みます。
そして、授業の最後に、みんなで歌う。
もちろん、歌う前には、「もし、しんどくなったら、ぜひこの曲を聴いてみてほしい。そして、一人じゃないことを感じてほしい。逃げてもいいし、休んでもいい。」というような思いを、この曲のメッセージと絡めて伝えます。
「今は問題ない」と思っていても、将来何かのときには、思い出してほしい。と伝えます。
子どもを未来にとどけるのが、ぼくたちの仕事。
ぼくは、子どもたちには、問題を乗り越えていける人に成長してほしい。
その問題に出会ったときは、ぼくは先生として子どもの前に立っていないかも知れない。でも、そのときに、この曲は、子どもたちの隣にあるかも知れない。そうしたら、それが、この子どもたちを勇気づけるかも知れない。
「いつか どこかで しんどくなってしまった あなた」
そのあなたを勇気づけられるような、そんな道徳の授業がつくりたいなって、いつもまわりをきょろきょろしています。
やっぱり、こんなのは、邪道でしょうか・・・。